つめたいよるに
冷たい夜がくる。寒くはないが、冷たい帳に覆われた世界だ。それは、この月の光のせいでもあるに違いない。長月の語源は「夜長月」だというが、その長い夜に、満月を過ぎてすっかり遅起きになった月が我が物顔で君臨している。旧暦七、八、九月が秋とすれば、もうほとんど冬の入口に近づいたころあいだ。
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今年はいまのところ山旅に出かけていない。いま時分足をのばせばきっとまぶしいほどに照り返す紅葉が僕を支配することだろうが、ざんねんなことだ。
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風の噂に、母校の大学が近ごろ中断していた学園祭を久しぶりに復活させたということを聞いた。思えば中断前の最後の学祭のとき、僕は一年生だった。僕はたこ焼きを焼くことも素人バンドを組むこともなく、一週間の休みをフルに使って、ほとんど人影も見ない紀伊の熊野古道をぺたぺた歩いていたのだった。
匂い立つような濃厚な苔の石畳と、そこに埋もれてしまいそうな「王子」たち。やたら雨に降られた記憶が強いが、そのぶんだけますます、その巡礼路の風格は圧倒的だった。そして、周囲を彩る紅葉の美しさは――けっして極彩色ではない、色彩なら涸沢カールや、大雪山にいくらでも譲る――こういうとき、日本的の美の感覚というものを、血の記憶として自分も持っていることに、気づかされる。
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そうだ。明日はすこしでかけてみようか。
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はるみちのつらき
しがの山ごえにてよめる
山 河 に 風 の か け た る し が ら み は
流 れ も あ へ ぬ 紅 葉 な り け り
古今集・秋哥下 303